はがねのようせい

う~ん。私のそばには妖精がいて。

妖精と雪の道 その1

ぼふ!もこてん!

妖精がすべって転びました。

 

昨夜からの雪が止んだ山盛りの道の上。

転んだ妖精のハーさんの手から落ちたタバコが雪に包まれ、火を消しています。

「あはははは」

私はお腹を抱えて笑ってしまいます。おかしくて。

しばらく笑ったけれど、まだハーさんはうつぶせのまま倒れている。

 

私は「そうだ、スコップを買いに行こう」と思い着いて家を出て来たのです。

家を出たら、「一緒に行くよ。雪なんて久しぶりだもんねぇ」とハーさんがついてきた。

「寒いよ。それにちょっと遠いよ」

一緒に歩くのが面倒くさい私は、「家に居ろよ」という雰囲気を出来るだけ出して言ってみる、だけれどハーさんはついてくる。

まったく、ハーさんと歩くと、あちこちより道をするので面倒くさいのです。

そこらにいる犬や猫をかまうぐらいならまだいいのですが、この前なんか、アリの数を数え始めた。

なんだよ、それ。

 

動かないハーさんを見て、笑うのをやめた私は声をかけます。

「おい、大丈夫か?」

ハーさんが立ち上がった。もう雪で体がボフボフだ。

「ちべて~」

私はおかしくてまた笑ってしまいます。

「ははは、はははははは」

すると、私にはいまだによく認識できないその顔がニヤリと笑い、私の許に突進してきた。

私を突き飛ばす気だな。

そう思って身構えると、ハーさんはまた滑って転ぶのでした。

「いってー」

今度はあおむけにひっくり返ったハーさん。

手足を宙にばたつかせて、またすぐには立ち上がらない。

「ばーか。ほら、落ちたタバコ拾って」

あきれた私はもう付き合っていられないので、歩き始める。

もふもふ雪を避けながら、絶対滑らないようにと。

 

「一緒に転べばいいのに」

追い着いてきたハーさんが私の後ろで言いました。

チラと見ると、妖精は足跡のない雪の上を選んで歩いている。

私は誰かの通った足跡に上に自分の足を重ねて歩く。

「雪を歩くのは気持ちいいねえ」

ハーさんがまた言った。

足元の注意でそれどころではない私は一切答えません。

「ねー、帰りにタバコ買って」

私はやはり返事をしないで先に歩く。

こいつの面倒を見なければならない理由なんて何一つないのに、何で私はハーさんと暮らしているのだろう。

「タバコやめろよ、もう」

今度はハーさんが返事をしない。

「余分な金なんかないんだからよ、え?そうだろ?」

私は立ち止まって振り返りました。

 

妖精のハーさんはいつの間にか私のそばを離れて、少し遠く、足跡のまるで無い白い雪原に立っている。

 

「いいもん。もう出てこないから」

私を見つめ、そんな事を言うのです。

「そうしろよ」

私は見えない、認識できないその顔にそう言って、身をひるがえし歩いてゆきました。

 

ホームセンターで雪かき用のスコップ選んでいると、ハーさんが店の脇の煙草の自動販売機の所に立って、こっちを見ているのが見えました。

私は、見なかったことにして、近くにいた店員さんに話しかけます。

「あのう、もっと小さなスコップはないのですか」

 

巨大なスコップをレジから引きずるように運んでくると、ハーさんが後ろに来て言う。

「もっと小さいので良かったのに」

ハーさんが後ろからスコップを持ち上げます。

私はふつうに答えてしまう。

「みんな雪が降る前に買ってちゃったんだよ。こんなのしかないんだって」

それから、私の免許を使い自動販売機でタバコを買って、妖精と私は大きなスコップを二人で抱えて帰るのでした。

「そっちじゃないよ」

私の歩こうとする道の先を、ハーさんがたしなめます。

私はハーさんの先に立ち、ハーさんが示したまだ誰も足跡を付けていない雪の上を歩くのでした。

 

◎お読みいただき、ありがとうございました

 

妖精がいて その2

妖精のハーさんは私の家に居ます。

今日もどこかに。

 

冬。朝10時。

テレビの画面だけが動く部屋。

今、私はまだ布団の中に居て。

そのテレビは『社会』というものを私に伝えているようで。

夫婦の、男と女の意見の食い違い。昨日から上がった株価。健康のための青い飲み物。置き場所に困らない掃除機。

失業して半年、社会から離れている私は、その情報を置いてけぼりを食っている様な気で眺めているのです。だけれど、誰に、何に置いてけぼりを食らわされたのだろう。

チャンネルを変えると昔の時代劇をやっていました。古い時代劇です。

そこにチャンネルを合わせたまま、私はまた布団をかぶり、目をつぶる。

すると、脳天に声がした。

 

「ねー、朝ご飯食べないの」

ハーさんだ。出て来やがった。

ハーさんは光を閉じた私に向かって続けます。

「テレビ見ないんなら消せば。CDかけていい?」

自分でも意外なところに私は腹を立てました。

なんで!……テレビは見ないとき消さなければいけないのだろうか……。

「点けといたっていいだろ!」

ぼやけてしか見えないハーさんの顔を睨んで、私はそう叫びます。

「んー。そうだね。いいよー」

ハーさんはキッチンの方へ行ったようです。

いらだつ私は上半身を起こすと、テレビの前に投げ置いていた靴下めがけ、体を投げるようにして手を伸ばし、布団の中で身に着ける。

台所のハーさんはキッチンテーブルにボコンと座り、冷蔵庫に私が買い溜めて置いたミカンのゼリーを食べていやがる。

「うんめえねー、これ」

私は答えず、冷蔵庫を開けて眺めました。

炭酸水を取り出し、一口。そして一言。

「ゼリー、あと一個しかないんだから。もう食べるなよ」

モヤッとしか認識できないハーさんの顔は、また笑ってる。

「ね、CD聞いていい?」

その顔を睨んで私は言い放つ。

「あっちの部屋で聞けよ」

私は布団とテレビの前に戻るのでした。

 

息をするだけでイラつく。

仕事を無くした私にはそんな生活が待っていました。

私は調理師でした。いわゆる外食産業のレストランの調理師。コックと言わないのはきっと私が自分の事を職人ではないと思っているからでしょう。

調理師が悪いと思っているのではありません。ただ、私は調理師免許を取っただけで、その後何一つクリエイティブな事をしないで調理師であるという事だけにしがみついていたのです。つまらない仕事でした。つまらない自分。

そうして私は自分を見下げるのが癖になっていた。

 

あの頃、夜になると体が引きつり、痙攣することがよくありました。救急車に乗ったことも何度かある。点滴を打っては朝方帰り、また仕事に。

仕事は休まなかった。つまらない仕事なのに休まなかった。

そしてついに、私は暴れたのです。会社で。お店で。

休憩室で何かがブチ切れ、目の前が薄暗くなる。何か自分でもわからないことを大声で口走り、厨房をかき乱し、ホールに転がり込み、多くのお客さんの前で気絶した。

職を失った私は、しばらく家に閉じこもりました。

どうしよう。これからどうしよう。

なにか出来るはずなのに。

なにかが。そう信じている。

いや信じたい。なんだろう。どうすればいいんだろう。

馬鹿ヤロウ。クソッタレ。

息をするだけでイラいていた。

 

そうして半年たったころ、ハーさんが現れたのです。

人間を辞めて妖精に戻ったと言うハーさんが。

 

「人間疲れるし」

その時ハーさんが言った言葉に、私はとてもイラついた。

「簡単に人間辞めるなんて言うんじゃないよ!ムカつくなぁ、え?オイ!」

私はハーさんに詰め寄ると、ハーさんの胸ぐらを掴み、その見えない顔を拳でグリグリと力いっぱい小突き回し、最後はぶん殴ってしまいました。

「まーいいよ。オレ、妖精だから鋼の妖精だから痛くないもん」

ハーさんはうずくまって言いました。

 

今。ハーさんが出てきて一年。

ゼリーを食べ終わったハーさんが布団の上に座っている私の許に、顔を出して言いました。

「じゃ―さー、向こうの部屋に居るからねぇー」

私はテレビを消して布団をたたみはじめます。

ため息とともに。

「はーぁ……。いいね。ハーさんは妖精で。私は人間だからね。お前みたいに勝手に生きていけないんだ」

足を止めたハーさんが私のほうに振り返る。

「どうして?いいじゃん勝手にやれば」

私は出来ないから言っているのに、ハーさんは言う

いとも簡単に。

私は立ち上がった。

「お前がそう言うか!働きもしないお前が!」

「だって、妖精だもん」

「だからそれが何の役に立つって言うんだよ!」

ケロリとした態度のハーさんに私はまたイラつく。

「あー、私も人間辞めたい!」

私はそう思ったのです。叶わない望みと知りながら。

だから怒鳴った。

「辞めたい!人間なんか!」

ハーさんは答えない。その体が震えている。怒鳴り返してくるつもりだろうか。

「何だよ。何か言いたいのかよ!」

私は身構えてそう言った。

震えるハーさんがポツリと言います。

「人間辞めるかぁ……。じゃ―さー、外でウンコしちゃえば」

「あ?なんだ?コラ。人間辞めるってそういう事なのか?」

「だって、だってさ……。ねえ、ねえ、トイレ行っていい?出ちゃう」

私の返事を待たず、ハーさんはトイレに駆け込んでゆくのでした。

人間の名残が残るハーさん。鋼の妖精。

バカバカしい!ムカつく!

私は笑いがこみあげてくるのが抑えきれなかったのでした。

 

     ◎お読みいただきありがとうございました、

妖精がいて その1

私のそばに、妖精がいて。

懐かしかった妖精がいて。

 

なぜ、おカネも仕事もない私の前に現れたのでしょうか。

この妖精は食事もするし、トイレにもいく。

妖精と過ごすには生活費がかかるのです。

お金の事で一杯だった私の頭は、口を使ってこんな言葉を吐かせてしまう。

「妖精だって?馬鹿にしやがって!役立たず!どうして貧乏で何の取柄もない私の前に現れた!」

嘔吐した物は私を汚してしまいます。

妖精が笑っている。

「きったねぇなぁ」

 

雨の日の今日、妖精はタバコを吸うらしく、雨の中外へ行くと、ライター、そう、ジッポについて文句を言っています。

「何が雨風に強いだ。外でちっとも点きやしない」

と、家に帰ってきた今、修理しようとジッポから出した綿にまみれてブーたれています。

 

私は妖精を『ハーさん』と呼びます。

私に『ハーさん』が見えるようになったのは半年くらい前。

気が付くと、横にいた。

ハーさんはどこかで人間の真似をしてこの世界に居たらしく、「人間やるの飽きたから帰ってきた」というようなことを言って、私のそばにいるようになりました。

 

ハーさんは『鋼の妖精』というカテゴリーに属するらしく、初めて会った時「名前は?」と聞くと、「しらなーい」と答えました。

仕方ないからとりあえず、『鋼のハーさん』と呼ぶことになったのです。

「なんだそれ。変なの。『オイ妖精』とかでいいのに」と言いながらハーさんはその時も笑っていました。

笑っていました、と書きましたが、実は私にはハーさんの顔がよく分からなかった。

しっかりと顔が認識できなかったのです。

顔があるような、ないような。何となくボーッとしか顔が見えない。

今でもそう。ハーさんが人間の姿になった時もそう。

でもいいや。笑っているのはわかるから。

 

「帰ってきた」

初めて会った時にハーさんが言ったあの言葉が忘れられません。

「帰ってきたって、どーゆーこと?昔会ってたっけ」と私が聞くとハーさんはまた「しらなーい」と答えます。

「馬鹿にしてんのかよ?こっちだって知らないよ!」

私が怒ると、ハーさんが舌を出して変な顔をしました。

見えないけれど、確かに変な顔。

まあいいや。笑わせてくれようとしているのはわかるから。

 

きっと。初めて会ったんじゃないことはわかるから。

 

台所でみそ汁用の大根を刻んでいると、背中の方をモゴモゴとした声が通り過ぎます。

「えー、おかえとーだい」

その声は居間の方へ行ったらしく、私が振り返ると、人間の姿のハーさんが何かで口をいっぱいにして、つけっぱなしのテレビを立ったまま見るともなく見ています。

ハーさんには、人間の名残みたいなものがまだあるようで、というか、人間の名残だらけで。

私は居間に行き、問いただします。

「何食べてる?」

ハーさんはテレビを見たまま言いました。

「くぁらめう」

「あ?何?キャラメル?」

ハーさんが頷いた。

「いったい、何個口に入れてんの」

ハーさんが手を開いて私に突き出す。5個か。

私があきれてものを言う。

「気持ち悪い」

口の中のキャラメルを右頬に寄せたハーさんは、今度はハッキリと言いました。

「ねー、タバコ買うから」

私が財布から小銭をかき集めていると、ハーさんはジャンパーを抱えて、もう玄関で待っています。

「外寒いぞ!ちゃんと着て行け!それと、雨、傘!」

ハーさんがジャンパーを羽織りました。

「ほら、細かいのないから。キャラメル買うなよ」

千円札を渡すと、ハーさんは傘を手にしてその傘で「じゃぁね」と合図した。

「いってきまーす」と言って。

 

きっとまたコンビニでは人間のふりをするのだろうな。

その時、コンビニの人はハーさんの顔が判るんだろうな。

 

帰ってきたハーさんは、ジャンパーを脱ぎ捨て、自分の部屋に入っていった。

その脱ぎ捨てたジャンパーを今度は私が羽織り、買い物に出ようとする。

ハーさんはついでに一服してきたらしく、ジャンパーのポケットから開けたてのタバコが出て来ました。

それと。

100円ライターとこれまた開けたてのキャラメルの箱。

それを手にして玄関に向かう私は「買い物行ってくるから」と部屋のドアの向こうのハーさんに声をかける。返事がないぞ。ちょっとイラッとした私はドアにかける声が少し荒くなります。

「何だよ。ジッポ直すの諦めたのかよ」

ドアが開き、笑顔のハーさんが私を見つめました。

「そらのぉ~、ようわからんのだもの。まぁいいじゃんけ。雨やんでるけん。傘いらないぞなもし。いってらっしゃーい」

ふざけて訛ってやがる。

はぁ~。

タバコとライターとキャラメルを手渡した私は「おつり返せ」と言うのを諦めるのでした。

 

 

 

             ◎お読みいただき、ありがとうございました。