妖精がいて その1
私のそばに、妖精がいて。
懐かしかった妖精がいて。
なぜ、おカネも仕事もない私の前に現れたのでしょうか。
この妖精は食事もするし、トイレにもいく。
妖精と過ごすには生活費がかかるのです。
お金の事で一杯だった私の頭は、口を使ってこんな言葉を吐かせてしまう。
「妖精だって?馬鹿にしやがって!役立たず!どうして貧乏で何の取柄もない私の前に現れた!」
嘔吐した物は私を汚してしまいます。
妖精が笑っている。
「きったねぇなぁ」
雨の日の今日、妖精はタバコを吸うらしく、雨の中外へ行くと、ライター、そう、ジッポについて文句を言っています。
「何が雨風に強いだ。外でちっとも点きやしない」
と、家に帰ってきた今、修理しようとジッポから出した綿にまみれてブーたれています。
私は妖精を『ハーさん』と呼びます。
私に『ハーさん』が見えるようになったのは半年くらい前。
気が付くと、横にいた。
ハーさんはどこかで人間の真似をしてこの世界に居たらしく、「人間やるの飽きたから帰ってきた」というようなことを言って、私のそばにいるようになりました。
ハーさんは『鋼の妖精』というカテゴリーに属するらしく、初めて会った時「名前は?」と聞くと、「しらなーい」と答えました。
仕方ないからとりあえず、『鋼のハーさん』と呼ぶことになったのです。
「なんだそれ。変なの。『オイ妖精』とかでいいのに」と言いながらハーさんはその時も笑っていました。
笑っていました、と書きましたが、実は私にはハーさんの顔がよく分からなかった。
しっかりと顔が認識できなかったのです。
顔があるような、ないような。何となくボーッとしか顔が見えない。
今でもそう。ハーさんが人間の姿になった時もそう。
でもいいや。笑っているのはわかるから。
「帰ってきた」
初めて会った時にハーさんが言ったあの言葉が忘れられません。
「帰ってきたって、どーゆーこと?昔会ってたっけ」と私が聞くとハーさんはまた「しらなーい」と答えます。
「馬鹿にしてんのかよ?こっちだって知らないよ!」
私が怒ると、ハーさんが舌を出して変な顔をしました。
見えないけれど、確かに変な顔。
まあいいや。笑わせてくれようとしているのはわかるから。
きっと。初めて会ったんじゃないことはわかるから。
台所でみそ汁用の大根を刻んでいると、背中の方をモゴモゴとした声が通り過ぎます。
「えー、おかえとーだい」
その声は居間の方へ行ったらしく、私が振り返ると、人間の姿のハーさんが何かで口をいっぱいにして、つけっぱなしのテレビを立ったまま見るともなく見ています。
ハーさんには、人間の名残みたいなものがまだあるようで、というか、人間の名残だらけで。
私は居間に行き、問いただします。
「何食べてる?」
ハーさんはテレビを見たまま言いました。
「くぁらめう」
「あ?何?キャラメル?」
ハーさんが頷いた。
「いったい、何個口に入れてんの」
ハーさんが手を開いて私に突き出す。5個か。
私があきれてものを言う。
「気持ち悪い」
口の中のキャラメルを右頬に寄せたハーさんは、今度はハッキリと言いました。
「ねー、タバコ買うから」
私が財布から小銭をかき集めていると、ハーさんはジャンパーを抱えて、もう玄関で待っています。
「外寒いぞ!ちゃんと着て行け!それと、雨、傘!」
ハーさんがジャンパーを羽織りました。
「ほら、細かいのないから。キャラメル買うなよ」
千円札を渡すと、ハーさんは傘を手にしてその傘で「じゃぁね」と合図した。
「いってきまーす」と言って。
きっとまたコンビニでは人間のふりをするのだろうな。
その時、コンビニの人はハーさんの顔が判るんだろうな。
帰ってきたハーさんは、ジャンパーを脱ぎ捨て、自分の部屋に入っていった。
その脱ぎ捨てたジャンパーを今度は私が羽織り、買い物に出ようとする。
ハーさんはついでに一服してきたらしく、ジャンパーのポケットから開けたてのタバコが出て来ました。
それと。
100円ライターとこれまた開けたてのキャラメルの箱。
それを手にして玄関に向かう私は「買い物行ってくるから」と部屋のドアの向こうのハーさんに声をかける。返事がないぞ。ちょっとイラッとした私はドアにかける声が少し荒くなります。
「何だよ。ジッポ直すの諦めたのかよ」
ドアが開き、笑顔のハーさんが私を見つめました。
「そらのぉ~、ようわからんのだもの。まぁいいじゃんけ。雨やんでるけん。傘いらないぞなもし。いってらっしゃーい」
ふざけて訛ってやがる。
はぁ~。
タバコとライターとキャラメルを手渡した私は「おつり返せ」と言うのを諦めるのでした。
◎お読みいただき、ありがとうございました。