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はがねのようせい

う~ん。私のそばには妖精がいて。

妖精がいない町 その2

妖精のいない町。

私は文房具屋さんに入る。

 

バスで街に出て来た私は、用事を済ませ、老舗のデパートの地下食品売場にいるのです。

洋菓子の冷蔵ケースの前で、私はプリンを見比べている。

今となってはどうでもいいのだけれど、いいからとりあえずプリンを買って帰ろう。

だって、待ち合わせ場所のカフェのメニューにプリンは無かったから。

食べる事が出来なかったから。

そう思って。

カフェで私はコーヒーだけを注文して、私に、自分の所で仕事をしないか、と誘ってくれるその人の話を聞いていました。

熱いうちに飲み干してしまいたいおいしいコーヒーとその人を目の前にして、カップの底が見えてしまう事に気を使った私は、冷めるのを覚悟でカップを掴む回数をなるべく減らし、その遅い時間の流れに耐えていのです。

私が返事を濁していると、その人は、一度見に来てよ、と、仕事場の場所と日時を指定して店のレシートを手に席を立って去りました。

その人の提案を「イヤだ」といえなかった私は、コーヒー代が浮いたのをいいことに、プリンを買って帰ろうとしているのです。

 

プリンの2つ入った洒落た紙袋を下げてバスの停留所に着いた私の目の前に、道路を挟んだ向こう、古い引き戸の小さな文房具屋さんがありました。

そう言えば、この裏に小学校があったものな。

その小学校の脇を歩いてきた私はその文房具屋さんがそこにある事を納得します

一昔どころか二昔くらい前の看板は小学生以外のお客さんがその引き戸を開けて入ってくるのを、もう諦めているようでした。

 

「筆記具も持ってこなかったのか?」

カフェでそう言われたことが蘇ります。

私はちゃんと「すみません」と言った。

仕事を世話しようとしてくれるその人にはきっと失礼な事だったのでしょう。

筆記具を持参して人に会う。そんな事、私は気付かなかった。

私は自分に言い聞かす。

恥ずかしいなんて思うんじゃない。しょうがないじゃないか。と。

バスの時刻表を見ると、あと15分ほどの待ち時間がありました。

そうして私は道路を渡り、文房具屋さんの引き戸を開けたのです。

 

からん、からからから。

思ったよりも綺麗な引き戸の音にホッとした私の体を店の薄墨色の空気が包みます。

その空気に、私は店内を落ち着いて見る事が出来ました。

店内には誰もいない。

私は見つけた鉛筆の棚に近寄ると。数少なくなっているHBを取り出そうとして止め、まだたくさん残っている4Bを一本取り出します。

そうさ、ほそい字なんか書きたくない。

柔らかい、濃い鉛筆で字を書きたいんだ。こまかい文章なんか書かないんだ。

4Bを握り締めていると、奥からおばさんが出てきて、笑顔で「いらっしゃいませ」と声をかけてくれます。

「古いお店ですね」とか「お一人でやっていらっしゃるのですか」とか、私は何か話したかったのだけれど、自分がそんな柄ではないな、と思い当たり、

「鉛筆削りはありますか?あの、小さなやつでいいんです」と用件だけを言うのです。

おばさんは「ハイハイ、ええ、ええ、筆箱に入る大きさでいいのね」と、きっと小学生にもそう言うのであろう口調で小さな鉛筆削りを見せてくれました。

私はおばさんの指につままれた鉛筆削りを見つめて答えます。

「ああ、丁度いいです」

何が丁度いいのか自分でも判らなかったけれど、なんだか本当に丁度よさげに思えて、私はおばさんの指からそのブルーの小さな鉛筆削りを受け取ったのでした

 

帰りのバスは、来た時のバスとは違い、最新型の今どきのバスで、座れる余裕も少しあったのだけれど、見知らぬ人の隣に座る事に気が引ける私は、そのまま立って揺られてゆきました。

手にはプリンの紙袋と、その中に一緒に入れた小さな白い紙袋に包まれた4B鉛筆とブルーの鉛筆削り。

早く鉛筆、削ってみたいな。

バスが空いていたら、素早く後ろに座って鉛筆を削ろうと思っていたのですけれど、これだけ人がいると、見知らぬ人を横に鉛筆削るなんてちょっと恥ずかしい。

さっき「イヤだ」と言えなかった私は家に帰って鉛筆を削るという行為に希望を持ち、それに勇気づけられ、こう思うのです。

 

さっきの話やっぱりイヤだな。イヤだ。イヤだ。イヤなものはイヤだもんな。

それより。えーい、行け。バスよ急げ。

早く家に着いて鉛筆を削りたい。と。

 

家に着いて、コーヒーを沸かし、小さな白い紙袋から、鉛筆と鉛筆削りを取り出します。

すると、ギターを抱えた妖精がノシノシとやって来ました。

「どこいってたのー?」

ハーさんはボーッとした顔でそう言います。

どんな顔かは見えないけれど、確かに私にはそうわかる。

「お前こそ何やってたんだよ」

私がそう言うと、ハーさんは背伸びをして答えました。「ギター練習してたんだ」

「どこで?朝いなかったじゃんか」

「ほら、河原とかさ、山の中とか。人にはまだ聞かせられないもんねぇ」

そう言うと、ハーさんはギターをポロリと弾きました。

私は鉛筆を見ながら答えます。

「ふうん。遠慮みたいな事は知っているんだ?」

ハーさんが私の前に座った。

「なに?それ」

「何って、鉛筆でしょ」

「ふうん」

ハーさんは鉛筆には関心が無いらしく、

「えらいでしょ。ギターの練習してたんだよ。自分は好きな事を好きな所でしてたのです」

と、胸を張って言いました。

「そう」

と、しか答えられない私は黙ってプリンをハーさんと自分の前に置く。

「うわぁ、うまそうじゃん!頂きまーす」

ハーさんはプリンの蓋を素早く開けます。

私は、やっと鉛筆を削りだす。

じょり。しょり、しょり、しょり。

4Bの鉛筆は尖ります。

その鉛筆の先を見つめて、私は独りごとを言うのです。

「柔らかい鉛筆で書きたいんだ。……電話かけようかな……」

ハーさんがプリンを頬張り、言いました。

「そうだね。イヤだって言っちゃえば?今。早くしちゃいなよ。それでプリン食べよう」

私は静かにうなずきます。

妖精は知っているらしかった。

 

流石に「イヤだから」とは言えないから、ただ、ただ、断ろう。

「すみません」「ごめんなさい」そう言って謝ろう。

そして、「ありがとうございました」と言って電話を切ろう。

 

私はハーさんが差し出したケータイを私は受け取るのでした。

 

 

◎お読みいただきありがとうございました。