はがねのようせい

う~ん。私のそばには妖精がいて。

妖精と動物園 その2

ギャーギャーギャー

ヒッヒッ ヒヒヒ 

ギャーギャーギャー

 

檻の前で私とハーさんは唖然と立ち尽くしていました。

そのチンパンジーは私たちの目の前で檻をガシャガシャと揺らしながら、不満すべてを世界すべてに伝えるように叫び暴れている。

「ほかのヤツは一切叫ばないのにねえ。あいつだけ。迷惑だよねぇ」

妖精のハーさんがやれやれとした顔で言いました。

もう一度言いますが、ハーさんの顔は私には認識できない。

ただ、認識できないだけで、私にはわかる。

ハーさんが言ったことはその通りで、この檻には暴れ叫ぶヤツを含め、四頭のチンパンジーがいるのです。

その暴れているヤツに対する態度もそれぞれで、無視して背中を向けているのもいれば、怯えるように膝を抱えこんでいるのもいる。あとの一頭は歯をむき出して「いい加減にしろよ」と言っているみたいだ。

暴れているチンパンジーは私達の後ろ、その先を見ているようで、その目には何が見えているのだろうと私は振り返ってみます。

そこにはおじさんたちが数人、動物園の係の人に連れられて説明を受けているような光景があった。

それが何なのか知ろうとは思わなかったけれど、とにかく暴れるチンパンジーは、その方向を見て叫んでいるようでした。

「不満は叫ぶに限るよな」ハーさんがなんか、納得して言った。

「まあ、貯めこむよりはね。出来れば」

私は関心があまりないという風に装って、先に足を進めるのです。隣のヤギの小屋に。

私はヤギに話しかけた。

「出来ない人だっているけどね。ね」

「めえ」

と、ヤギが答えます。

 

ハーさんアライグマの前をチョコレートを齧りながらギターをブラブラさせて歩いてゆく。

「でっかいネズミはまだなのかさ」

私はサラダあられを口に入れ、ポリポリと答えます。

「この先。ペンギンの横だったと思う」

「おー」

ハーさんがギターを抱えて走り出した。

 

でっかいネズミの小さいのが二匹、お乳を飲んでいました。

温泉と化した湯気の上がる水場の横、カピバラ夫婦には子供が生まれていたのです。

小さいカピバラを見て私は鮮明に思い出す。

そうそう、あのスマホの写真を撮った時は雄雌二頭だったんだ。

音のしない電気ギターをシャランとかき鳴らし、ハーさんが跳ねている。

「オーケーベイビー!リアルベイビー!シェキナベェビー!」

なんか古いロックだけれど、叫びたいのはよく分かる。

口には出さないけれど、叫びたいほどカワイイのです。

展示場の柵に手をかけて顔を突き出し見ていると、その横、少し先、柵の陰になって私たちからは死角になっていた場所に若い女の人がスマホを片手にカピバラたちを撮っているのに気が付きました。

きっと私たちより早くいたのであろうその人は、両手でスマホを突き出してずーっとカピバラたちを捉えている。

私は声を潜めて強く言う。

「ハーさん!うるさいよ!」

ハーさんもその人に気付きました。

ハーさんも声を潜めて私に言います。

「ずっといるのかな」

その人に気付いたのは今なので、まったく根拠は見つけられないのですが、確かにずっとそこにいたんだろうという確信が何故かある。

「一日見ているんだよ」

ハーさんが決めつけた。

私はサラダあられをカバンにしまいハーさんとヒソヒソ話を続けます。

「なんかネットにあげるんだろうか」

「そうだね。そうかもね。でもなんか、顔がつまんなさそうだねえ」

私もそう思った。

思ったけれどハーさんのように口には出さない。

そうだとしても口には出さないのが恩情というものでしょう。

ともかく、その人のスマホに映り込まないように気遣いながら、ハーさんと私はカピバラ親子をしばらく見つめました。

子供の世話で忙しいお母さんカピバラを横にお父さんカピバラが温泉に入った。

なんだか、ぼーっ、とした顔で気持ちよさそうだぞ。

「世の中どうでもいいやぁ~。温泉があればどうでもいいやぁ~」

ハーさんの口がお父さんカピバラの考えている事を伝えてくれました。

 

動物園の外に出た私とハーさんは塗装の剥げた木のベンチに座って、アンパンを半分ずつ分け合います。

ハーさんがしみじみと言いました。

「世の中にはいろんな人がいるねぇ」

あの女の人は私達がカピバラの前を去る時もじっとその展示場の前に佇んでいたのです。

「毎日いるのかもよ」とハーさん。

私は面倒くさいという体で済ませたい。

「人の勝手じゃん」

ハーさんはあのスマホ女にだいぶ興味をそそられたようで。

「そうだけど。人の勝手だけどさぁ。いろいろ考えてみなよ、面白いじゃない」

うん。面白いことは面白い。あの女が不幸だったらなおさら面白い。

でも私はこう言った。

「あの人はあれで楽しいんだよ。きっと」

私の口調に嘘を感じたのでしょう。ハーさんはジロッと視線を突きつけて来た。

「そうかなぁ」

「人はみんなそれぞれなの!他人が理解出来なくったって、それが何だって言うんだよ」

ハーさんは最後のアンパンを口に放り込むと、感心したように空を見上げて言いました。

「ほうん。なるほど」と。

ありきたりのことを言ってしまった私は少し気まずい。

「な、なんだよ。あ、馬鹿にしてるんだろ?」

ハーさんはキョトンと私を見つめます。

「してないよ。なんで?」

その目を見返せない私は、拠り所無く立ち上がる。

「え?あ、そうだ、そうそう、動物にも……」

立ち上がった私を無視して、アンパンを食べ終わったハーさんは私の言葉を遮り、ギターをシャランと鳴らすと煙草を取り出した。

「昔はこういうところに灰皿あったのにねぇ」

ハーさん、やれやれと火をつけます。

私は座り直し、あせってあたりを見回した。

こういった公共の場所でタバコの煙を立てていいのかわからないので、人が来ないか気になったのです。

ハーさんは急いで三回吹かすと携帯灰皿に煙草を消しました。

「好きな事はするけれど、人に迷惑はかけません」

偉そうにそう言いやがる。

どの口がそう言うのだ。私は言ってやった。

「私も人です。私にはいいのかよ。迷惑かけても」

「えー?めいわくぅ~?迷惑かけてるぅ~?」

へへへ。と笑ったハーさんはウーンと伸びをすると、ギターを抱えて立ち上がる。

「動物にもいろんなのがいたねぇ。さあて、おうちに帰って風呂に入ろう」

さっき言おうとしていた私のセリフがハーさんの口から出た。

くそ。こいつめ。

私は、悔しさを堪えて素直に言うのです。

「動物園、楽しかったな」

「あ、今それ言おうと思ってたのに」

ハーさんがそう言った。

 

さてさて。そうそう。

家に帰って。

一人お風呂に入って。

ぼーっ、としよう。

世間の事なんかどうでもいいや。なんて。

そんな事を思いながら、ぼーっ、としよう。

 

 

◎お読みいただきありがとうございました。